社長プロフィール

代表取締役/CEO 伊勢田洋一

キャリア系情報システム部門および外資系コンサルタント出身の現役エンジニア。
経産省・基地局・金融市場取引所・オリパラ大会・マイナンバー・サイバーセキュリティオペレーションセンターなど

日本の重要社会インフラ基盤システムを数々手掛けアドバイザなどを長年歴任。

CCNP・OracleSilver・MCP・LPIC・ITIL・JP1・ディープラーニング・AWS資格・経済系資格など多数保有。
SE業務のかたわら無償のデジタル人材育成支援や地域IT産業促進にも取り組む異色の現役エンジニア社長。
全国の企業・自治体から寄せられるITシステムの難題解決にもその手腕を振い、日本のIT産業発展に長年尽力する。

警視庁サイバー部門への違法書き込み捜査協力などセキュリティコンプライアンス分野にもチカラを入れてい

近年はChatGPT自治体活用実証・スマートシティ構想等のICT・IoT・AI産業も推進、クラウド財務会計/労務管理導入/DX事業推進の観点からの経営コンサル、サイバーセキュリティベンダーのITコンサルなども得意とし導入支援製品は1万台に上る。

企業交流による産業全体の活性化のために設立した「日本全体の産業発展に貢献する法人会」「地域IT産業推進協会」等でのイベントを立案するプロデューサーの側面も持ち、その収益の一部を東日本大震災やウクライナ被災者支援募金に充て、公益財団法人「ISE財団」設立も進める。

次世代デジタル人材無償教育/地域IT人材雇用創出を目的に創設された有志プロジェクト「ISEDA塾」塾長も兼任し現場デビューさせたエンジニアは1200名に及び、その教え子達は国内外でIT産業発展に貢献している。これまでの経歴や取り組みはベンチャー企業掲載紙やメディアの目に留まり出演オファーも受けるが多忙理由に全て固辞する。

社名の「ISE」は名字の「ISEDA」と「Internet Security」に由来。名字の由来は戦国時代に神宮関係者の警護中深手を負い殉職した先祖からと伝わる。

上場企業幹部時代の通り名は通称「エース」、IT業界激動の時代(2000年台初頭〜現在)を疾風のように駆け抜けた「エンジニアの流儀/エースと呼ばれた男」のモデルとなった人物(社内向け取材記事)。その他「ITバブル前夜/エースの横顔」「エンジニア疾風伝/日本を支えるプロフェッショナル達」など。

2022年代表就任後もフルスタックエンジニア兼コンサルタントとして第一線で活躍中。


〇座右の銘:何事も成らぬは人の為さぬなりけり(上杉鷹山)・面白きこともなき世を面白く(高杉晋作)

〇尊敬人物:新選組鬼の副隊長 土方歳三・直江兼続

〇番組:孤独のグルメ・秘湯ロマン・国際報道2023

〇人柄:目先の小さな損得勘定しか考えが至らない人材・特定分野に固執する視野が狭い人材・挑戦する前から諦めるネガティブ思考の人材を遠ざけ、社会貢献型で積極的な姿勢の人材は新人でも重要ポジションに登用する傾向が強い。「生意気でも構わないので個人より日本全体の発展を優先する大きな志しを持った新進気鋭の若手が理想的」という。
手掛けるシステムも社会貢献の大きな重要インフラシステムが多く、社会公共性に欠ける案件は数千万以上の高報酬でも受注しないポリシーを持つ。本人曰く「やりたい案件でなく社会に有用と判断した案件のみに限られた時間を使う」

「デジタル人材教育やIT雇用創出の取り組みは日本の未来に有用なため無償で貢献したい」

〇政界進出:主要なIT事業に長年貢献してきた経歴から地方議会議員候補などに推す声も多いが、出馬は当面しないと財界人など支援者に明言している。しかし政界入りを望む各方面の関係者からコンタクトがあることは認めており「IT事業に明るい議員が存在するのは日本にとって有益」とも語っている

〇特質:1日2時間程度しか眠らないショートスリーパー


<大学生時代>
幼少期より速読記憶を得意とし語り口も流暢だった為、弁護士や政治家になることを勧められることが多かった。
大学4年間は大手教育出版関連の営業部門に所属し、突出した営業の才を見出される。
配属1ヶ月後にはアポイントからクロージングまで対応し、歴代売上トップの成績を見込まれて営業事務所の主任(学生としては異例の抜擢)を任せられるなど「スーパールーキー」と呼ばれた。
未だに親交のある当時の上司は、彼の作った営業スクリプトは伊勢田スクリプトと呼ばれ、グループ会社の営業教育や他業種での研修にも用いられたと話す。当時彼の噂を聴きつけた大手通信会社などの営業幹部もスカウトに訪れており、断るのに毎回苦労していたという逸話を残している。
(当時支店は新宿にあったが俳優や歌手の卵も在籍しており、彼らがメジャーになった現在も親交を温めている)
大学卒業後は社員登用を望まれるも、IT時代の到来を予感し2000年代初頭に新卒でIT業界の扉を叩く。
一族からある役職を継ぐ予定だったが反故にしたことで疎遠になり10年以上親族と会うことは無かった。
(
詳細は割愛するが、決められたレールを走るのは自分には向いていなかったと親しい友人に話している)
その後は当時から頭角を現わしていた「有名なIT企業社長」との出会いをきっかけに起業を志すようになる。

「あの頃はまだ昭和の雰囲気が残っていた。群雄割拠の中で何か起こりそうなワクワクした時代だった」と当時のことを振り返っている。


<若手時代>
大企業の若手社員時代は「現場経験も無いのに口を出さないで欲しい。エンジニアの気持ちはエンジニアしか判らない」と役員に公言し遠方に左遷される等の逸話を持つ一方、大規模障害を10日間休憩無しで復旧させるなど各現場でストイックともいえる仕事への情熱を発揮し、最年少で事業部責任者へ昇格する。
激務過労時に顔面痙攣する顔面麻痺を発症し完治に2年以上要すが「名誉の負傷」と冗談を云い
周囲を笑わせていた。健康維持よりも社会インフラ維持を優先し「昭和の働き方」と揶揄されても「最大の誉め言葉」と返して呆れさせた。当時は連日終電までの過酷な業務のなか10年以上に渡り1度も遅刻・欠勤が無かった彼の勤怠を「鉄の勤怠」と称し、取引先からも一目置かれる存在になる。その後も霞ヶ関など多くの重要システムを手掛けフリーランスとして独立し、個人事業の法人化を並行して進める。この頃のことを1日20時間週7日で働いた(信号待ちに眠った)と振り返る。
社会インフラ構築納期の為「休日でも誰よりも早く出社・誰よりも遅くサービス残業していた」と部下も語っている。  
現在はあまり見られなくなったが、かつてブラックなイメージのあったSE現場を物語る壮絶なエピソードである。
若手時代に出会ったフルスタックエンジニア(唯一恩師と仰ぐ企業重役)の病死の折はIT業界を引退しようと考えたが、死の間際「若僧インフラを止めるな」という言葉を彼の留守電に残しており、その意思を引き継いだといわれる。
(恩師は彼のことを生涯名前で呼ぶことはなく、親しみを込めて「若僧」や「ヒヨッコ」と呼び技術を伝承していた)
いつからか、全国の企業や自治体からITシステムの課題解決についての相談が日々寄せられるようになっていった。
長い下積み期間ではあったが、この若手時代に培った実績・経験・人脈がその後の社長時代へと繋がっていく。


<社長時代>
駆け出しの頃から20年以上のキャリアを積んだ現在は「スピードと柔軟性」のスマートなスタイルに変化する。
かつての彼の猛烈ぶりを知る者は少なくなり、彼自身も自由でフラットな社風にしようと心がけていると話す。
若手時代のストイックな印象は影を潜め、円熟したベテランエンジニア・経営者へと変貌を遂げたように見える。
スタッフにも多くを語らず「昔エンジニアを少しやっていたことがある」という程度しか話していないと明かす。
2022年に社長就任後は「ITで社会とビジネスに貢献する」を掲げ、社員・フリーランス・アルバイトスタッフを束ねながら「デジタル社会貢献型企業」を目指し現在に至る。
従来の重要社会インフラ基盤システム支援だけでなく、若年層デジタル就業支援や地域IT産業活性化、全国の企業や自治体から寄せられるITシステムの課題解決にも取り組んでいる(彼の元にこれまで全国から寄せられた相談件数は1000を超え今も増え続けている)。

余談だが趣味はフィッシングとサウナ巡り、写真は上場企業管理職時代で社内外/官公庁から「エース」と呼ばれた。
並外れたバイタリティーの彼だが、普段はどこにもいる優男に見られる事が多く物腰の柔らかさとユーモアにも富む。
彼とは新卒以来の付き合いだが、開発納期で終電に遅れ安酒片手に朝まで公園で飲み明かしそのまま出社したことや、方向音痴の彼に家まで歩こうと云われて道に迷って野犬に追われたことも想い出深い。
未熟で青い若僧と呼ばれた時代を、共に駆け抜けてきた。

あれから時は流れてIT業界も様変わりしたが、あの頃エンジニアだった我々はお互い経営者となり交流を続けている。
社長となり面接などで新人と話す機会も増えたが、若手が抱えている不安な想いは今も昔も変わらない。
若手が一人前に、そしてベテランになるまでには長い道のりが必要で挫折することも多いだろう。
「若手が抱えている不安を希望に昇華させて見守り続けることが先輩としての役割」と彼はよく話している。
日本の重要社会インフラ基盤を数々手掛けた彼に対しある談話で「プロフェッショナルとは何か」と尋ねられた際に
「20年経ってもヒヨッコ、生前託していった恩師の足元にも及ばない」
「日本の重要社会インフラ基盤システムを支える1人1人がプロフェッショナル」と答えている。
社長就任後もSEとして第一線に立ち続ける理由を尋ねると「エンジニアの気持ちはエンジニアしか判らないから」と笑っていた。

時代は変わっても、あの頃と変わらない笑顔が彼の最大の魅力なのかもしれない。

出典:社内取材記事「社会基盤とエンジニアの流儀/エースと呼ばれた男」「ITバブル前夜/エースの横顔」 より引用

横浜商工会議所「ハマの社長ねっと」
https://buzip.net/kanagawa/ise-engineer

〇メディア出演/掲載
日本の社長.tv:各業界トップの生き様を若手経営希望者へ伝える番組出演:スケジュール調整
ベストベンチャー100:ベンチャー企業掲載紙担当との打ち合わせなど:スケジュール調整
その他メディア出演、出版物への掲載、講演依頼並行

ビジネス法人交流会の企画立案
地域企業トップ・自治体関係者・教育・医療などの異業種交流会:商工会議所/ヒカリエビル会議室にて開催
IT業界での活躍を志す新卒若手との食事会、レクレーション開催: 若年層デジタル人材育成/就業支援の一環

デジタル人材育成/雇用創出 ISEDA塾
代表、社員、所属フリーランスなど現役SEによるインフラ設計構築/システム開発無償講座
東京都主催若年層デジタル人材育成プロジェクト関係者への講義内容アドバイス/受講者就業支援


〇その他協会・法人会・財団創立〇

・葉山鎌倉ITベンチャー企業支援協会:湘南を中心としたITシリコンバレー協賛企業団体 (会長)
・逗子横須賀IT産業推進協会
:IT企業連携による地域IT産業促進/地域雇用促進プロジェクト
(専務理事)
・日本全体の産業発展に貢献する法人会:IT業界枠だけでなく異業種間の企業交流を通し日本全体の産業活性化を推進する社長直属法人会
・公益財団法人ISE財団
:協会や交流会の収益にて東日本大震災・ウクライナ被災者寄付活動、無償IT教育施設運営を行う財団法人(創設準備)
・日本DX推進協議会:
有志企業・自治体関係者との業界垣根を超えたデジタルフォーメーション意見交換会 (議長/兼主席アドバイザー)   

参考:自治体/企業向けPRポスター (広告内容一部抜粋)

参考:商工会議所向けポータルサイト(掲載内容一部抜粋)

アクセス

企業情報
株式会社ISEエンジニアリング不動産
代表取締役/統括本部長:伊勢田 洋一
逗子横須賀IT産業推進協会  専務理事
葉山鎌倉ITベンチャー企業支援協会 会長
東京神奈川デジタル人材育成
支援協会 参与
日本DX推進協議会 議長/主席アドバイザー
※協会ポータルサイト2024年度公開予定
創立時資本金:1,000,000円
※2023年度
10,000,000円 増資手続準備
事業内容:
・地域IT産業促進/システム開発構築支援
・IT製品プロモーション販売/代理店業務
・若年層デジタル人材育成および就業促進
・経営コンサル/DX推進及び社会貢献事業
事業部:
基幹システムコンサルティング事業部
国際サイバーセキュリティ事業部
社会インフラ基盤保守事業部
官公庁システム運用事業部
スマートシティ構想事業部
ChatGPT DX推進事業部
アジャイル開発事業部
SOCコンサル事業部
クラウド推進事業部
AI・IOT推進事業部
テナント運営事業部
SES法人営業部
M&A交渉戦略室
公益財団設立準備室
ビジネス交流会主催室
マザーズ上場推進社長室
SmartPage代理店事業部
SKYSEAプロモーション事業部
地域創成eスポーツゲーム主催室
デジタル人材育成/採用支援事業部
IT医療事業・IT介護事業参画準備室
クラウドファンディング公募企画室 他
従業員数:180名(所属フリーランス含む)
取引銀行:住信SBIネット銀行
       GMOあおぞらネット銀行
本店所在地
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-19-15
宮益坂ビルディング609(本店)
所属:東京商工会議所/横浜商工会議所
   
地域商工会議所IT経営者部会など
 
〒231-0062
神奈川県横浜市中区桜木町1-1-7
ヒューリックみなとみらい10F(支店)
その他オフィス:
恵比寿・品川・青山・日比谷・汐留など

グループ会社 (設立準備含む)
・株式会社ISEデジタル介護福祉サービス
・株式会社ISEデジタル教育ビジネス
・その他社団法人/公益財団法人 他
 ※詳細:2024年以降順次掲載
税理士法人・労務法人(提携先)
・ベンチャーサポート税理士法人/他団体

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